医師に治らないと言われた喘息(ぜんそく)
私は3歳の頃から喘息でした。毎日薬を飲み、発作が起きれば病院で吸入治療、夜中に救急病院に連れて行ってもらったり、入院することも度々ありました。
小学生の頃には神奈川県立こども医療センターに通うようになりました。発作のたびに病院へ連れて行ってもらうことを申し訳なく、扇風機の前に座って一生懸命呼吸をしていたこと、母に病院に行こうと言われてもギリギリまで我慢していましたことを今でも覚えています。
一生付き合っていかなくてはいけない・・・
こども医療センターでは「この病気はもう治らないから、もっと酷くならないよう薬を飲んで予防していくしかない」と診断されました。
スポーツは好きだったのですが激しい運動は控え、煙が苦しいので花火をするにも風向きを気を付けながらやっていました。鶏肉や卵は発作を誘発する可能性があるため止められており、誕生日など何か特別な時にしか食べられませんでした。動物の毛もダメなのでペットを飼う事も出来なく、この生活をこれからも続けていかなくてはいけないことにとてもショックを受けました。
色々な制限の中で生活していて、いつ発作が起きるのかといつも不安な生活を送っていました。
治らないと言われた喘息を父の治療で克服
医師には治らないと言われた私の喘息でしたが、父は諦めずカイロプラクティックで体質を改善し順応できる身体にしてくれ、病院の先生から『もう来なくて大丈夫だよ』と言われるようになりました。
私と同じように西洋医学では治らす困っている人の力になりたいという思いから治療家になる道を選びました。
国家資格の取得を目指し専門学校へ
残念ながら日本ではカイロプラクティックや整体には国家資格がありません。患者さんの身体を責任をもって治療する以上、医療系の国家資格を取得し国の定める一定基準の基礎医学を学ぶことが最低限のマナーという父の教えがあり、鍼灸の国家資格を取得する事にしました。
鍼灸学校では東洋医学を学び、同じ症状でも体質によって治療すべき場所や生活習慣を変える必要があること知りました。またカイロプラクティックに東洋医学の知識を取り入れることによって、独自の治療法を確立することが出来ました。
湘南カイロ茅ヶ崎整体院開院
国家資格を取得した2005年の7月に茅ヶ崎駅南口の駅前に湘南カイロ茅ヶ崎整体院を開院しました。開院した当初はマンションの5階の一室であまり目立たない場所にありました。
来院していただいた方からもっと早く来ればよかった、こんなところに治療院があるのは知らなかったという声をいただき、より多くの患者さんを助けたいと思い、2008年に現在の場所へ移転しました。現在は施術家3名、受付1名の4人で患者さんのケアを行っています。
自律神経や内臓の治療にも特化
1人でやっていた時は腰痛・肩こり・膝痛など整形外科疾患の患者さんの対応に追われていましたが、新しい仲間が増えたおかげで私は自分が治療家を志したきっかけとなった、内臓や自律神経からくる症状でお悩みの方にも力を注げるようになりました。
また食事や運動、睡眠など健康を維持するのに不可欠なライフスタイルの指導も積極的に行えるようになりました。整体やカイロプラクティックというと腰痛や肩こりなどを治療する機関だと思われがちですが、当院は内臓や自律神経の症状も得意としています。
1人でも多く患者さんのお役に立てればと思っています。